胸懐
夏侯惇が目覚めた。
その途端、寝顔を食い入るように見つめていた呂布と、ばっちり目が合った。
「・・・・・・!!」
驚きで声も出せずに、夏侯惇は仰け反った。
「・・・お前、うなされていたぞ」
そんな夏侯惇に怒りもせず、呂布は心配そうに、更に顔を覗き込んでくる。
「え?」
思わず顔に手を当てると、目尻から涙が伝った。
「・・・・・・」
そういえば、いやな夢を見たのだった。
片目を失ったときの夢。
色々なものを片目と一緒になくした、あの時の夢。
「・・・もう大丈夫だ」
身体を起こして、小声で言った。
「本当か?」
顔色が悪く、とても大丈夫そうには見えない。
「ああ・・・」
涙を拭おうと、右目に手の甲で触れたとき、気がついた。
「眼帯が・・・」
ない。
醜い左目の傷跡を隠しているはずのものが、ない。
「す、すまん・・・これだ」
慌てて渡してくる呂布の手から、夏侯惇は眼帯をひったくった。
無言で、すぐさま左目を隠す。
「・・・・・・」
呂布は、その様に唖然として、目を瞠った。
「・・・・・・なぜ、眼帯をはずした」
常よりも幾分か、夏侯惇の声は低い。
呂布はその不穏な空気に困惑しつつ、返す。
「・・・眠るのに邪魔だろうと思った」
「・・・・・・」
夏侯惇の瞳は、その答えでは納得しかねるのか、未だ怒りをたたえている。
「・・・もう慣れていて、気にもならない。
次からは、勝手にはずさないでくれ」
そうとだけ言って終わろうとした夏侯惇を、呂布が止めた。
「待て。なぜだ?」
「なぜ?」
「なぜ、はずしてはいけない?」
呂布は、至極真剣に言った。
「・・・見目良いものではない。このような傷跡を、誰の目にも晒したくない」
「何?」
「それにこれは、俺の不甲斐無さの象徴だ。
俺自身も見たくないものを、どうして他人に見せたいと思う?
ただ醜いというだけではない。
これを見せるということは、俺の弱さをそのまま、人に晒すようなものだ」
「・・・・・・」
「女々しいと思うか?」
夏侯惇が見せる、初めての、自虐的な表情だった。
呂布は、身につまされる思いで、その顔を見た。
「・・・女々しいなどとは、思わん」
「・・・そうか」
ふっ、と夏侯惇が、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「・・・今のことは忘れてくれ」
夏侯惇が、今度こそ終わりにしようと、寝台から足をおろした。
「・・・・・・」
ぎゅっと、呂布はそれを押しとどめた。
今ここで、夏侯惇を行かせてしまえば、きっと、今まで通りの関係に戻れるだろう。
だが、それでは・・・
前回と同じ、ただの繰り返しになってしまう。
呂布は、今度こそ何かをを変えようと、決意した。
「夏侯惇。お前の傷跡は、醜くなどない」
「な、何を・・・」
「本当だ。毎日、毎日、お前の眠っている間、傷跡を眺めていた」
「・・・・・・」
「美しいと思った。なぜ隠したがるのか、俺には全くわからなかった」
「・・・・・・」
「誰にも見せたくないなどと言われても、俺には耐えられん。
お前の全てが、見たい」
そう言うと、呂布は、眼帯をそっと外した。
夏侯惇は寝台に押さえつけられて、抵抗できずに、されるがまま。
ただじっと、呂布の言葉に耳を傾ける。
「俺の弱さを、お前は見てくれた。
なぜ、俺がお前の弱さを見てはならない?
なぜだ、夏侯惇」
呂布が、顔をぐっと近づける。
その目線の先には、暴力によって破壊しつくされた、人間の器官の跡がある。
以前はそこに、玉(ギョク)のような瞳が入っていたなどとは、想像もできないような酷い有様。
それでも呂布は、そこから、夏侯惇への愛しさを見出せた。
「・・・夏侯惇」
間近から、切ないほど心のこもった声で名を呼ばれ、夏侯惇は思わず目を瞑った。
「・・・つまらない冗談と、笑うな・・・。
・・・俺は、貴様のことが、愛しい」
言うと同時に、左目にやさしい口付けを落とした。
夏侯惇を押さえつけていた力を抜き、その身体を自由にする。
「・・・・・・」
何も言わず、呂布はのっそりと立ち上がり、夏侯惇を残して部屋を後にした。
ぐっと拳を握って、呂布は天井を仰ぐ。
「・・・・・・」
後悔は、してないのだ。
だから、これでいい。
「だって、放っておけない」の続きです。次は、「きらきら笑顔」に続きます。
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