・・・何だろう・・・。



軍の先端を担うのは、乱世最強と恐れられる男である呂布だ。

巧みな用兵と並外れた武で、対した敵を悉く屠っている。

呂布の働きで、夏侯惇軍は戦を優位に進めていた。


しかし、その呂布を見る夏侯惇の胸を占めていたのは、不思議な違和感だった。

何かが違うのだ。
これまでの呂布の戦と、今、目の前にある、呂布の戦と。
今も昔も、呂布は強い。
それは変わらないのだが・・・。


久々の戦だったが、既に大軍の長となっている夏侯惇が、直接に得物を振るうことはなかった。

本当は自分も前線に出て敵と直接対したかったのだが、呂布と太史慈に大国の君主として自覚を持てと諭され、
かなわなかった。

戦の間中、緊迫した場面は一度もなく、夏侯惇の目はひたすらに呂布の姿を追い、敵を蹴散らす様を遠くから眺めた。


そして、気づいたのだ。
呂布の戦が守りの戦に、呂布の武が守りのための武になっていることに。




夜。

勝利のうちに戦は終わった。

「呂布・・・」

撤収する前の幕舎に、夏侯惇は呂布を訪ねた。

「どうした」

仄暗い灯火がうっすらと幕舎の中を照らし、鎧を纏ったままの呂布がいつもの表情で座っているのが見えた。

「・・・今日の戦、見事だった」

呂布の表情に何の曇りも見えないのにひとまずホッとして、夏侯惇は傍らに寄った。

「そうか」

「やはり、お前は強いな・・・」

呂布の眉がピクリと動いた。

夏侯惇の表情は暗く、武勲を賛するためだけにやってきたとは思えなかった。

「・・・どうした。・・・顔色がよくないぞ」

佇む夏侯惇の顔を覗き込む。

「・・・・・・・そうか?」

「言いたいことがあるのなら、言ったらどうだ」

夏侯惇が呂布を見れば、やはり、いつもと同じ顔をしていた。

意を決して、夏侯惇が口を開く。

「・・・お前、無理してるんじゃないのか」

呂布が驚いて、面を跳ね上げた。

「・・・なぜだ?」

「久しぶりにお前の戦を見たが、何かがおかしいと思った・・・。
 
 以前のお前の戦は、ただ攻める戦で、守りなんてものはなかった。
 敵をとにかく攻め潰す。そういう戦だったが・・・

 ・・・それが、今日の戦は違った。お前は守りを尊重して、
 絶対に突出せずに、全体の陣形に常に気を配っていた」

「・・・・・・」

「いいことなんだろう、本当なら。だが・・・」

夏侯惇は表情をゆがめて、呂布から目をそらした。

「・・・・・・」

「俺が戦に出たからか?だから、あんな戦をしたのか?俺を・・・守るために。
 
 ・・・俺がお前に無理をさせているのなら、元に戻ってもらいたいんだ・・・」

自分が呂布の武を汚すようなことはとても悲しいことだと思った。
それに何より、呂布に無理をさせるのは、とても心苦しいことだった。

「元に戻る、だと?」

呂布は不思議そうに首を傾げた。

「・・・お前のやりたいように戦をしてほしい」

「ならば、俺はこのままで構わん」

呂布が、きっぱりと言い切った。

夏侯惇は予想外の返事に、目を瞬かせた。

「・・・え・・?」

「俺は、今のままがいい」

「なぜ・・・?」

夏侯惇は、納得がいかないというように、頭を左右に振った。

「夏侯惇。
 俺の武の形を変えたのは、確かにお前だ。間違いない。

 しかし、俺自身が望んで変えたのだ。お前を守るために」 

呂布の瞳には何の迷いもなく、ただまっすぐに夏侯惇を射抜くばかりだ。

「そ、それは・・・」

顔を赤く染めて、夏侯惇は呂布を見上げた。

「これまではただ、殺すために殺してきた。殺すこと意外に、何もなかった。
 ・・・だが、戦の目的自体が、変わったのだ。今、俺が戦に出るのは、全てお前のためだ。
 だからこれからは、お前を守るために敵を殺す。
 ・・・そういうことだ」

呂布の顔は晴れやかで、到底、悩める者のそれとは思えない。

「俺は無理などしてはいない。わかったか」

夏侯惇は赤面したまま俯いた。

何かを言い募ろうかと思ったが、何を言っても何も変わらないことは、わかっていた。

暫く躊躇した後、夏侯惇がゆっくりと顔を上げた。

「・・・お前が・・・それで良いのなら・・・」

その返答に、呂布の大きな手が夏侯惇の頭をやさしく叩いた。

「良い。今、俺はこんな自分が、嫌いではないからな・・・」

呂布の声には苦笑の気配があった。

昔はなかった、人間らしいやわらかい感情を持つようになった呂布。

その変化を感じ、夏侯惇は素直にそれを嬉しく思った。


夏侯惇は、そっと呂布の手を取った。


  ・・・いい手だ。


すっと面を上げると、やさしげな表情の呂布と目があった。

にっこりと微笑んで夏侯惇は言う。

「今の、お前の顔が好きだ」

自然と、そう言っていた。

「今の、お前が好きだ」

言ってしまってから、なんだかおかしくなった。

何を色々と考えていたのかも、忘れてしまった。


 そうだ。この不器用な男の、それはそれは不器用な愛情を、この身に受けて・・・

 この男のことが、自分も好きになっていたのだ。好きにならないはずは、なかったのだ。


今度は呂布が、真っ赤になって固まってしまった。

こんなに素直な言葉がもらえるなんて、思ってもいなかったのだ。


呂布の手が、そっと夏侯惇の眼帯に伸びた。

その手が何をする気かを察し、夏侯惇の目に一瞬怯えが走る。

が、夏侯惇の手が呂布の手を咎めることはなかった。

夏侯惇は、ただぎゅっと目を瞑ってそれを耐えた。


左の傷跡が外気に晒されたとき、夏侯惇は恐る恐る、薄っすらと目を開けた。

「・・・俺も、お前が好きだ」

呂布が言って、掌でそっと傷跡を包んだ。

「こんなお前が好きだ、元譲」

字を呼ぶ。

本人を前に呼ぶのは初めてだったが、その音は意外なほどに自然に響いた。

「・・・ありがとう」

なんと言っていいかわからずに、そんな言葉が出てきた。

夏侯惇は困惑気味に笑って、呂布を見る。

「お前、俺の字なんて知ってたんだな」

「・・・・・・・悪いのか」

「いや。嬉しいよ。奉先」

さらりと言われて呂布は驚いたが、次の瞬間には明るい笑みを浮かべた。

「・・・・・そうか」


  今なら大丈夫だ。
  これまでは、夏侯惇は居心地悪そうに身じろぎするだけだったが、今回は・・・。


確信を持った呂布は、夏侯惇の身体を抱き寄せた。

突然のことに夏侯惇は一瞬ぐらついたが、大きな手に包まれて、逞しい胸に収まった。

そして、耳元で呂布が囁いた。

「・・・・・・・この前の、答えはわかったのか・・・?」

夏侯惇は少しの躊躇の後、頷いた。

「・・・・・・」

腕を伸ばし、ぎゅっと、呂布の身体を抱き返した。

それが夏侯惇の返事だった。

「・・・そうか」

幸せそうに弧を描いた呂布の唇が、夏侯惇の額に落ちた。























 





いい人と5題:無理しないで

やっと終わりました、呂布惇お題・・・!
長かった!ここまでこんな文と管理人にお付き合いくださり、誠にありがとうございました!!

呂惇大好き!(´∀`*)



 


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