ひとづて2
「妙才・・・」
「はい・・・」
「貴様なぁ、」
「はい・・・」
夏侯淵は怯え切った様子で返事をする。
それから、曹操が思い切り息を吸って、一息に。
「やっていいことと悪いことの、区別もできんのかぁ!!」
大声をぶつけてやると、夏侯淵はますます萎縮して、情けなく体を丸めた。
「す、すみませんでしたぁぁぁ〜〜〜」
「確かに軽率に話したわしも悪かったがなぁ・・・!
かといってそれを元譲に伝えるなど・・・!!あまりな仕打ちであると言わざるを得んぞ!」
「うう・・・いやその・・・」
「何だ!」
「えと・・・。惇兄が殿に襲われたりとか・・・しねーか心配になって、その・・・」
「妙才ぃっ!!」
ばちん!
曹操が、夏侯淵の頭を渾身の力ではたいた。
「ひー!」
「ふ・ざ・け・る・な!!!
一体わしのことをどんな下種だと思っているのだ、貴様はっ!」
「だって、だってっ!!やっぱ、殿だし!!」
「〜〜〜まだ言うかぁ!」
「ぎゃーー!!す、ずびばぜん、もう言いまぜん〜〜!!」
ぶちキれた曹操にフロントチョークを極められて、夏侯淵がバタバタ暴れながら謝罪した。
「わしがなっ、こうも真っっっ剣に思いつめておるというのにっ!」
「はい゛〜〜!わ、わがりまじだぁ〜〜!」
「聞いておるのか!」
「も、殿、死んじゃうから放じでぐだざい〜〜!こ、今度は協力じまずがら〜!」
「本当か?!」
「本当でず〜!」
「・・・よろしいっ!」
ようやっと開放された夏侯淵が、涙目で咳き込んだ。
「・・・げほげほっ・・・。ううー・・・やばかった・・・」
「・・・それで?一体どうやって協力してくれるというのだ」
まだまだ怒りの収まらないらしい曹操は、不機嫌そうに尋ねる。
「え、えーと・・・その・・・殿がどうしたらいいのかとか考えるお手伝いとか・・・」
「・・・それが役に立つとは思えぬがな」
「・・・そーですね」
「しかしそう言うのなら・・・。まずはひとつ、意見を聞かせてみせよ」
「えー!いきなりですか〜?!」
「何だ、今のはただの出任せか?」
「い、いえ!違いますよ勿論!
んーとっ・・・そうですねぇーーー・・・あのー・・・俺が思うに、」
「うむ」
「殿はちょっと余裕持った方がいいんですよ!多分!」
「・・・余裕?」
「そう!惇兄には必死なトコより、大人なトコ見せた方がいいと思います!」
・・・わしは、そんなに必死だったか・・・?
悪気なく言う夏侯淵に、曹操は少々傷ついた。
「っていうかむしろ、惇兄のこと嫌いになれるように努力すんのがイイかも!」
「馬鹿か、妙才・・・今更、元譲のどこをどう嫌いになれと言う・・・」
「無理矢理自分に言い聞かせるんですよー!すっげー細かいトコでもいいから何か見っけて、みたいな」
そうは言っても・・・。
これまで長い長い間、気味が悪いほどに、夏侯惇のことを観察(監視)し続けてきた曹操だ。
曹操の知らない夏侯惇の一面などというものは・・・そもそも、存在さえしないのではあるまいか。
あのきつい性格も、ただのツンデレ小悪魔にしか見えない。
ちょっと弱めの頭だって、大事な可愛さ要素のひとつだ。
その姿態をとっても愛らしく。
顔立ちなどは、曹操のドストライクゾーンそのもの。
あの強気な瞳に、愁眉が垂れたときの表情などは特に・・・絶品と称して過言ではない。
結論。
「・・・・・・・無理だな」
溜息だけを吐き出して、曹操は夏侯淵から助言を得るのを諦めた。
一方こちらも二人でお話中の夏侯惇と張遼。
二人は友人だ。
といっても・・・張遼に関して言えば、純粋な”友人”として夏侯惇のことを認識しているとは言い難い。
夏侯惇殿本当美人だなぁ・・・ → いや、やはりこの素直なところが最高に可愛らしいなぁ → でもやっぱり超美人だなぁ・・・
そんなことを考えて向き合っている。
会話中も不気味なほどに視線は、顔、顔、顔。
しかし、まじまじと向けられる視線とそれに含まれる他意などに、夏侯惇が気付こうはずはない。
よき相談相手を求めて、今日は張遼を訪うたのだ。
「この前なぁ、淵が俺のところに、笑えると言うか・・・おかしな話を持ってきてなぁ・・・」
「はい」
張遼は、内心では夏侯淵の話などどうでもいいと思いつつも、律儀に相槌を打つ。
「あのな、孟徳がな、」
「・・・」
またその君主のことかよ・・。
と、張遼は内心で愚痴をこぼす。
「なんかな・・・『俺のことを抱きたいって言った』、って言うんだよ」
「はい。・・・え?」
「おかしいだろ?」
「いや、それはもう・・・え?」
前から曹操が夏侯惇にどーしようもなく入れ込んで、おかしな視線を送っているのは知っていたが・・・
ついに、ついに!その言葉を口にしてしまったというのか?!
先を越された、という焦りが張遼の心中に広がる。
「普通に聞いたらただの冗談だよなぁー」
夏侯惇が苦笑する。その笑みを抜け目なく網膜に焼きつけつつ、張遼は思う。
いや、あの人は本気も本気、超本気だと思うんですけど・・・。
「でもなぁ・・・孟徳は無茶苦茶真剣だった、って言うんだよ。淵が。
・・・それで俺も、無駄に悩んでしまってな・・・」
「悩んだ、とは・・・つまり・・・殿に抱かれるかどうかを?!」
「まあ、そういうことだな」
「夏侯惇殿!?・・・貴殿は、殿のことを好いておられるのか?!」
「ん?・・・馬鹿を言うなよ。俺があんな奴を好きなはずがあるか」
「なんだ・・・安心した・・・」
「俺が悩んだのはな・・・あいつが、男を抱いてみたいと思っているらしい以上、
俺が断れば他の奴が迷惑すると思ってだな・・・仕方なく。
この身を犠牲にする覚悟を決めるべきか否か、ということだ」
あ、殿、全然脈なしじゃん。良かった〜〜〜!
「つまり・・・拒否したと?」
「いや。一応、受け入れる決心をして会いに行った」
「えええ?!」
「でもな、孟徳はな。『酒の席の戯言だった』って。だから結局、何事もなかった」
「・・・よ、よかった」
本当によかった・・・。
張遼が胸をなでおろした。
そんな張遼の心境など知るはずもない夏侯惇は、本題に入る。
「・・・でな、それなら安心だとそのときは思ったのだが・・・。
後でよく考えたらな、もしかすると孟徳は…俺だと生意気すぎてうまくいかないと思って、
他の奴に手を出している可能性がなくもないのではないか?…と思ったりもしてな」
なんといっても、孟徳だからな!
・・・そう付け加える夏侯惇を見て、張遼は、ほんの少しだけ曹操に同情した。
が、主君が憎き恋敵である事実は変わらない。
ここは冷酷なまでに曹操にトドメを刺して、己の立ち位置を確保するが先決だ。
というわけで、曹操を貶める嘘をでっち上げることにした。
「・・・それなのだが、元譲殿」
「どうした?」
「先日・・・私も殿に言われたのだ。・・・抱かせろと」
「何っ?!本当か?!」
「ああ。・・・まぁ、普通に断ったが。次は徐晃殿や司馬懿殿辺りが言い寄られるのでは?」
「う、うわぁ・・・。やはりそうか・・・。何て馬鹿で恐ろしい男なんだ・・・孟徳は・・・」
あわあわと僅かに怯えたような表情を見せる夏侯惇に、張遼は大きく頷く。
「貴殿が何をなさろうとも、おそらくは無駄でしょう。殿の気の済むまでさせておくのが良いかと。
・・・我が軍の将軍たちは、私含めて・・・殿の命令を断るのなんて、何とも思わないような者ばかりであるし」
「・・・・・・そうか?」
「そうです」
「うーむ・・・大丈夫かなぁ・・・」
「本当に、貴殿が気になさることではない。お体は大事になされよ」
「あ、ああ。ありがとう文遠・・・」
・・・自分の責任というわけでもないし、放っておいても良さそうな気がする、という思いはある。
しかし、張遼の言によって得られたのは安心ではなかった。
―――ああそうか。
孟徳は本当に、誰でも良かったんだ。
その事実をかみ締めた時に、心の中に寂しさのようなものが染み出すのを感じて、夏侯惇は自分自身に驚愕した。
「あ、おい元譲」
夏侯惇の後姿を回廊に捉えて、曹操は急いで後を追った。
何日も前から、明日の晩は二人で飲もうと約束していた。
しかしながらここ二日ほど…なぜだかえらい避けられようで、一度もマトモに顔を合わせていない。
単に多忙なのか、それとも他に原因があるのか。
さっぱりわからないながらも、とにかく声をかけた。
「…なんだよ」
しぶしぶといった体で振り返った夏侯惇は、胡散臭いものでも見るような目つきで曹操を睨んだ。
…のだが。
向けられた本人である曹操は、
『数日振りに見てもやはり可愛い…』
『文句のつけどころなし…!』
『この世で最も愛すべき男に改めて相違ない。嫌いになるなど…笑止!!』
とかなんとか。
どうしようもないことを考えながら、従弟のご尊顔を仰いだ。
「いや、…あまり姿を見かけなかったものでな」
「ふーん…」
ひとつしかない目を眇めて、夏侯惇は気のない相槌をひとつだけ。
「どうした、えらく機嫌が悪いようだが」
「…いいや、別に」
「ならば、風邪でも引いたか」
「…いたって健康だ」
「そうか。…それなら、明日も大丈夫だな」
「明日?」
「忘れたのか?明日、共に酒でもと。大分前から約束していた」
「………」
忘れていたらしい。
元々あまり良いとは言えなかった表情が、更に曇ったことからわかる。
「…お前、他の誰かと飲れよ」
「何…?」
「俺は、いい。お前が狙ってるヤツでも誘え」
突然の通達で呆気にとられている従兄から目をそらし、夏侯惇は再び歩を進めようとする。
「いや、待て元譲!」
曹操が必死に追いすがり、どうにか長身を引き止める。
「…まだ何か?」
夏侯惇の声音は、地を這うほどに低い。
「何か、ではない。…本当に、どうした?」
「孟徳…」
ちらり、と視線だけを肩越しに投げかけてきた。
「…俺はな、本当に見損なったぞ。…お前のこと」
「…?」
夏侯惇の鳶色の瞳がいつになく冷たい気がする。
が、理由がわからない。
「男を抱けるなら何でもいいのか?…お前、おかしいんじゃないか?
…いや、何でもいいというわけでもないのか…。
俺が許すって言ったときには、いらんと答えたわけだしな」
「は?」
「…何も、淵や俺にまで嘘をつくことないだろう。
誰でもいいのなら、はじめからそう淵に言えば良かった。
それに、やはり俺では嫌だったというのなら…俺に、はっきりと言えば良かったんだ」
張遼の言ったことを、夏侯惇はあれからじっくりと考えてみた。
あの時曹操は、他の誰か…たとえば、自分よりも見目の良い相手から…既に、諾の返答をもらっていたのではあるまいか?
だから、自分の申し出を断ったのではないかと。
最終的に、そういう想像に至った。
相手が他にいたこと自体は、どうでもいい。はずだ。
けれど…そうだったとするならば。自分に対してのあの答えは…正直、酷いと思った。
自分なりに、真剣に覚悟を決めての、申し出だった。
本当にくだらないことだったが、それでも、それなりに悩みぬいた。
対する曹操の答えは、その場しのぎに吐き出された、嘘。
それを面白く思えないのは、当然のはず。…そう自分を納得させてはいた、が。
実際は、このどうしようもない苛立ちは…もっと別のところから来ているような気もしていた。
そのことを考えると、心に、ひやりとした何かが刺しこんで来るのを感じる。
それが何かはわからない。
わからないが、ただただ不愉快で、胸が苦しいという事実がある。
「…元譲、何があったか知らんが…」
「噂を耳に挟んだだけだ」
「………」
―――噂…?!
…またか…!!
また誰か、余計なことを吹き込んだのか!!
曹操がガクリと肩を落とす。
「…誰が何を話した」
「どうでもいいだろう、そんなこと」
「……」
そらされた顔は固い。
「…もう良い。
とにかく!…こっちに来い!」
ぎゅっと夏侯惇の腕を掴んで、ずるずると引き摺ろうとする。
「嫌だ。俺は忙しいんだよ!」
「わしほどではなかろうが!」
当たり前のことを言いながら、抵抗する従弟を力ずくで部屋に引っ張り込んだ。
「あのな、元譲」
逃げようとする夏侯惇を無理矢理正座させて、自分も向かい合って姿勢を正して…
すっかり説教モードに入った曹操は、声音を改めて話し始めた。
「まず、わしはそいつがどんな詰まらん噂をしていたのかは、知らん。もう聞く気もない」
「…」
「だが、とにかく…そなたの、そのおかしな誤解だけは解かねばならん」
「…誤解じゃない」
「誤解だ。大体、いつわしが元譲を拒否したというのだ」
「お前は確かに、いらんと言った」
「…あれはなぁ…」
曹操は、あの時に逃げの手段を選んでしまった自分のことを恨んだ。
「…いらぬと言ったのではない。その前に面倒な誤解があったから…」
「だから、何が誤解なんだよ。
…お前が俺のことをどれほど馬鹿だと思っているのかわからんが、もうこれ以上嘘を重ねるのはやめてくれ」
「嘘ではない!」
「それが嘘なんだろうが!」
夏侯惇は聞く耳を持たない。
曹操の頭に鈍痛が響く。
「…わしのことを、嘘しか言わぬ男だとでも思っているのか」
「お前の言葉の8割は、嘘だ。特に…俺に対しては」
「何だと?」
「そうだろう。いつも何を聞いてもはぐらかすばかりだ。
…俺に本音を話したことがない」
「それは…」
ある意味その通りかもしれなかった。
しかしそれは断じて、夏侯惇を軽んじたためではない。
そのことは伝わっていると思っていたが、この拗ねたような表情を見るに…。
「確かに俺は馬鹿だ。お前が言葉を尽くして話してくれたとしても、理解できないことは多いかもしれない。
だがそれでも…こんな詰まらんことまで、嘘で固めることはないだろう」
怒りではなく哀れの響きが強い。
本人はそれに気がついているのだろうか。瞳だけは睨むように曹操を見据えている。
「違う。この前は確かに嘘をついた。間違いない。元譲が欲しいというのは、戯言などではない。
…だが、あの場以外でそなたに、"嘘"を言ったことなどない」
「…馬鹿を言うな。それも、嘘だ」
「……」
堂々巡り。
夏侯惇は、曹操が決して自分を傷つけないことを知っている。それゆえに言葉の真実味は失われた。
最早、言葉では理解させることは不可能だ。
「元譲」
意を決して、夏侯惇の腕を引いた。
背中に手を回し力をこめて抱き寄せると、驚いて何事かを紡ごうとしていた夏侯惇の唇を、勢いの割りにには丁寧に…塞いだ。
「?!」
隻眼を見開けば、瞼を閉じた従兄の顔。
混乱する夏侯惇だが、唇に触れているものが何であるのかはわかる。
「…孟徳っ!!」
渾身の力をこめて肩を押せば、どうにか曹操は離れてくれた。
と思いきや。
再び、ひしと抱きしめられて、夏侯惇の息が詰まる。
投げつけてやろうと思った文句も喉でとまってしまった。
「…元譲」
「な、なんだ」
「わしには、元譲だけだ」
唇で頬に触れられる。
顔は見えないが、曹操の声は恐ろしいほどに真剣だ。
「この思いが嘘なものか。わしは元譲だけを愛し、元譲だけを欲している。
…これでも頑なに、その噂とやらを流した男の方を信じるか?」
「…う…」
さすがの夏侯惇も、曹操の本気加減を理解せざるを得なかった。
「どうだ、元譲?」
「わ、わかった…」
「何が?」
「お前が…一応、本気で、その…」
「…その?」
「…俺に、こうしたい…ってことが」
何で俺が照れなきゃならないんだろう。
そう思いつつも、勝手に頬が火照る。
「そうか。わかってくれたか」
ふ、と微笑んで、曹操はますます強く夏侯惇を抱きすくめた。
いよいよ呼吸が苦しい夏侯惇だが、首元に当たる曹操の頭とその暖かさに、なぜだか引き剥がす気持ちが起こらない。
「ならば…もう一度、真面目に考えてもらおうか」
「ん…?何を?」
聞き返せば、曹操の唇が耳元に寄せられて、一言。
「…抱いても良いか」
あまりに近距離で囁かれた低音に、ぞわりと背筋首筋を走るものがある。
「…だ、だめだっ」
「なぜ?」
「なぜって…それは…」
「そなたこそ、わしに嘘を吐く気か?…どうにでもしろと言ったのは、嘘か」
「………」
そういえばそんなことを言った気がする。
ただでさえ普段と違いすぎる曹操に怯みきっている夏侯惇に、うまい切り抜け方など思いつくわけはない。
赤面したまま黙り込んでしまう。
「恋愛"ごっこ"ではないがな。…付き合ってもらうぞ、元譲」
「…それ、本気か?」
「当然だ」
短く言い切って、再びの口付け。
まだこの状況に違和感はあるが…
受ける夏侯惇は自覚する。
胸の内にあったひやりとしたものが、急激に温かみをもって心を満たしていくことを。
元譲だけだ。
その言葉がこんなに沁みるとは。
「…わかったよ」
それでも、夏侯惇の表情と声音だけは、あくまで不満げだったが。
曹操は嬉しそうに、愛しい唇へ三度目の口付けを贈った。
無理矢理まとめたので色々とあれですがもう元々が酷すぎるからいっかな、みたいなーー!!
惇兄は、自分のことを過小評価しているがゆえに殿にヒドイことを言ってしまうのですよー(^▽^)
最初から線をきっちりと引いておくことで、殿に飽きられても何を言われても、「最初からわかってた」って思いたい、ていう。
そろそろちゃんとした操惇を書くようになります・・・ハイ(;・∀・)
8年やっててまっとーな操惇て多分2つか3つしかかいたこと、ないですね〜〜ヤバーイヽ( ´ ∇ ` )ノ
2011年4月3日追加
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