蹌踉 1



 








久々に魏に帰り着いてみると、なんということだろう、夏侯惇の様子がおかしい。

曹操が話しかけるとなんだかソワソワとして、落ち着きが無い。
それに、いつもは恥ずかしくなるほど純粋な瞳でこちらを見てきたくせに、今は目をあわせようともしない。

はて、どうしたものか。

曹操自身も行方不明の間、典韋と二人気ままさを楽しんでいたという後ろめたさもあって、なかなか尋ねるに尋ねられない。
その間の大変な苦労が、夏侯惇の何かを変えてしまったということか。

夏侯淵にこっそりと聞いてみても、

「え?惇兄?
 うーん・・・実際ンところ、俺と惇兄結構別々に行動してたんですよ。
 だからあんまり詳しいことは知らないっつーか」

という返答。



「子桓、わしが留守の間、元譲に何かあったか・・・?」

父親以上に目つきの悪い息子に尋ねると、曹丕は曹操の問いを鼻で笑った。

「何かあったかとは、愚問だな。
 何かありすぎて一言では語りきれぬ。
 ・・・夏侯惇に限らず、な」

「・・・そういえば子孝の姿も見えぬしな」

曹操は、登場に勿体つけすぎたことを少し反省した。

「曹仁は今、織田信長の下にいるらしい。
 まぁ、いずれ戻るのであろうが」

「そうか」

何で曹仁がそんなところに一人いるのか全然わからなかったが、とりあえず頷いた。

「仲達も戻らぬままだ。
 あなたがもっと早く戻ってきていれば、ここまで分裂せずに済んだものを・・・」

「そうは言っても、わしとて一度死にかけたのだぞ。
 遊山しておったわけではないのだ」

「フン、どうだろうな」

曹操をいびる曹丕の顔は不機嫌そのものだが、内心は上機嫌も上機嫌である。
なかなか普段口で適わない父にグチグチと直接文句が言えるのが、楽しくてしょうがない。

「なぁ、お前の父君が尋ねておられるのは、もしかして織田・・・」

と、それを見かねて曹丕の隣に居た三成が割り込んできた。

咄嗟に曹丕が掌で口をふさぐものの、時既に遅し。

「おい、三成!」

「何?魔王がどうした?」

曹操は眉をピクリと動かして、三成をにらみつけた。

「う・・・つまり・・・」

隣で、ものすごい形相をしている曹丕に恐れをなして、さすがの三成も言葉を詰まらせた。

「・・・もういい。
 どうやら夏侯惇に、織田信長がなにやらちょっかいをかけていたようだぞ」

あきらめて、曹丕は自ら話し出した。

「ちょっかい・・・?」

「そうだ。夏侯惇は我が軍が遠呂智に与した折に夏侯淵らと共に離反したのだが、
 父を探す旅で信長と出会い、いろいろと世話になったようだ。
 我が軍に再び戻って来たのも、信長の差し金であるらしい。
 私とて聞いた話なので、あまり詳しいことは知らぬがな」

「・・・・・・・」

一体どういうことなのであろうか。

考えてみても、曹操にはあまりよくわからなかった。


ーーー織田信長とは一体・・・?


あの夏侯惇を説得して再び曹魏に戻すなど、只者ではない。
夏侯惇は、曹操の言うこと以外は全く聞かない男なのだ。・・・たまに、曹操の言うことも聞いてくれないが。


「これは・・・偵察に行く必要があるやもしれぬな」

曹操が唸りながらつぶやくと、曹丕が見下したような笑みを浮かべた。

「父よ、見てきたところで落ち込むだけだぞ。
 織田信長は、父に似ているとよく言われていたが、それだけではない」

「わしに似ているだと?」

「なんといえばよいか・・・気が似ているとでも言おうか。
 容貌も似てないことはないのだがな・・・」

「うむ」

「・・・織田信長は、父よりはるかに身長があるぞ。
 おそらく夏侯惇よりも長身だな・・・ククク」

こらえきれずに笑みを漏らす曹丕に曹操は焦りを浮かべた顔を向ける。

「それは本当か!」

「無論だ。・・・なぁ、三成?」

「ああ。そうだな」

「う・・・」

見る前から落ち込んでしまった曹操の背に、曹丕は声をかける。

「どうされた?偵察に行くのではなかったのか?父よ」

「・・・・・・」

曹操は曹丕の声を無視して、夏侯惇の様子を見に向かった。





「元譲・・・少しいいか?」

とにかく夏侯惇の変化の原因を探るべく、曹操は意を決して夏侯惇を呼び止めた。

「ああ、構わんが」

一瞬ビクリと肩を震わせた後、自然さを装って夏侯惇は振り返った。

「・・・そなた、近頃様子がおかしくはないか・・・?」

「う・・・別に、普通だ」

普通ならば最初の呻きは一体なんだ、と突っ込む勇気は、今の曹操にはない。

「・・・なぁ、元譲・・・

 ・・・織田信長というのは、どういう男であった?」

とりあえずソフトにいこうと思ってふってみたのに、夏侯惇はあからさまな動揺を見せた。

「え・・・と・・・信長、か」

「・・・・・・」

本当にどうしたのだというくらい、夏侯惇の顔は真っ赤になってしまった。

「あいつは・・・深みがありすぎて、よくわからん男だったな・・・」

「ほう。噂通りだな。
 ところで、信長はわしによう似ておると聞いたのだが、そなたはどう思った?」

「!!・・・あ、ああ。確かに似ていた。どこが、とは言えんのだが・・・」

なんだ、最初の”!!”は!と聞きたいが、いっぱいいっぱいの夏侯惇にはとてもそんなことは言えない。

「今度挨拶に行こうと思って居るのだ。お主が世話になったようであるしな。共に行こう」

「え!!俺も行くのか?!」

半端じゃないうろたえっぷりに、曹操も驚いた。

「あ、ああ。折角だからな」

「俺はいい!初めはお前一人で行けよ。
 軍に復帰したばかりで、兵の調練からしばらくは外れられないんだ・・・!
 
 じゃ、じゃあ俺は一寸今暇が無いから失礼するぞ!」

あたふたと、嘘のようにいなくなってしまった夏侯惇に、曹操は心ごとポツンと取り残された。

















 




 

 


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