蹌踉 3
「元譲、信長に会いに行くぞ」
曹操の誘いに、夏侯惇が異常なうろたえ方をした。
「い、今からか?」
「そうだ。
あやつが遠呂智を倒してくれたのだ、礼を言いに行かねばなるまい?」
「俺は行かぬと、前にも言っておいただろう・・・?」
こんな言い方は、夏侯惇らしくない。
曹操は自分で自分を追い詰めている気配を感じつつも、やめられなかった。
「信長に約束してしまったのだ、元譲を伴うと」
「・・・・・・そうか・・・わかった」
がっくりと項垂れつつも了承した夏侯惇を何となくかわいそうに思いつつ、曹操は夏侯惇の腕を引いた。
「信長、此度の戦勝、ご苦労であったな」
労いの言葉を投げかけながら、曹操は夏侯惇の様子を盗み見た。
夏侯惇はうつむいたまま、視線を上げようとしない。
「覇王か。
これは信長だけの戦ではなかった。故に、そのような言葉は、いらぬ」
歓迎の席を設けようと、信長は奥へと二人を導いた。
「これより先、どうしてゆくかを考えねばならぬな」
曹操はまず政の話題を先に出した。
「そうよな・・・。
まずしばらくは戦はあるまい。
民も将も兵も皆、戦には飽き飽きしている」
「そもそも、諸将もこの期に及んで戦に興じるほど馬鹿ではあるまい」
「少なくとも、謙信、信玄の両将にはその気は無い」
「それは我らも同じこと。
劉備、孫堅とて、必要のない戦をするような男たちではない。
・・・董卓、呂布辺りはわからぬが」
しばらく話を続けても、夏侯惇が会話に入ってくる気配はない。
ただ静かにそこにいるだけで、言葉さえも耳に入っていない様子である。
「・・・ところで元譲、そなたはどう思った?」
「え・・・」
意地悪くも質問してみると、夏侯惇は戸惑いの声を上げた。
「聞いていなかったのか?」
「あ、ああ。すまない」
素直に反省の態度を示す夏侯惇を、曹操は激しく訝った。
「・・・疲れておるのであろう。
そう意地悪をするものではないぞ、覇王よ」
信長がどことなく優しげな声音で、夏侯惇を助けた。
「別にいじめたわけではないわ」
無意識に振り向くと、気味が悪いくらい慈愛に満ちた信長の瞳とぶつかった。
「・・・・・・」
一体何なんだ、この二人は。
曹操が固まっていると、信長が笑い声をあげた。
「の、信長・・・」
夏侯惇が、なぜか焦ったように信長の名前を呼んだ。
「クク、元譲よ、もう覇王に話してやった方が良いのではないか・・・?」
こやつ、元譲を字で呼びおった・・・!!!
笑いをかみ殺しながら吐かれた台詞に、曹操の硬直はいっそう強固になった。
「は、話すったって・・・」
そしてなんだ、その甘えたような声は!元譲!!
「・・・覇王よ、心して聞くが良い」
え、一体何を言い出す気だ、この魔王は・・・
ゴクリ、と曹操が唾を飲みこんだ。
「うぬが大切な従弟は、この信長がもらった」
「は・・・・・・?」
「・・・わからぬか?夏侯元譲は、この織田信長の愛人・・・ぞ」
「あ、愛人・・・・・・」
衝撃的過ぎる単語に、曹操はコテンパンに打ちのめされた。
まだこれなら、夏侯惇が曹操を見限って信長の配下になるというほうが、大分ましだった。
「も、孟徳・・・?」
打ちひしがれた表情で曹操がにじり寄ってきて、夏侯惇を抱きすくめた。
「許さぬぞ、信長ぁ!!
元譲はな、わしが、大切に、大切に育ててきたのだ!
貴様のような妻のある男に、誰がくれてやるものかーっ!!!」
「孟徳・・・そこなのか・・・?」
できれば別のことで叱ってほしかったと、夏侯惇は曹操の腕の中で思った。
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