蹌踉 4
『濃のことか?
・・・うぬがそこまで言うのなら、別れてもかまわぬ。
どうせ濃とて文句の一つも言うまいな』
「信長めぇ〜!!!!!」
魏に帰ってきてからもヒステリック気味な曹操は、皆から避けられていた。
この状況を楽しんでいるのは、曹丕ただ一人である。
「父よ、いい加減あきらめられてはどうか」
「あきらめられるわけがなかろうがっ!!
貴様、わしがどれだけ大切に元譲を・・・!!!」
「その台詞はもう耳に蛸だ。
夏侯惇本人も信長に惚れておるのだろう?
ならば、さっさと信長にくれてやればよい」
「・・・・・・」
そう、問題はそこなのだ。
いつもとは違う。
夏侯惇の、数少ない願いなのだ。
できることなら、かなえてやりたいとは思う。
でも。
「・・・そんなに簡単に、了承できるものか・・・」
自棄酒を呷ろうとも、頭の芯が冷え切ってしまっていて、少しも酔えなかった。
「孟徳・・・すまなかった」
夏侯惇が、恥ずかしそうな顔で謝りに来た。
「俺はお前の言う通りにするから。
だから、そんなに荒れないでくれ・・・」
「・・・別に、荒れてなどおらんわ」
そう言う曹操の頬は、酒で真っ赤に染まっている。
「お前の臣として、勝手なことだったというのもわかっている。
・・・もう、信長には会わぬ」
これまで聞いたこともないような、消え入りそうな声で夏侯惇は言った。
「・・・本当か?」
「・・・ああ、誓う」
うつむいた夏侯惇の表情は、曹操にはわからない。
「・・・お前はそれで、いいのか・・・?」
曹操が尋ねると、夏侯惇は微かに頷いた。
「・・・・・・お前が、そう命じるのなら・・・」
そう言った夏侯惇の顎から、頬を伝ってきた水滴が落ちた。
涙だと理解した瞬間、曹操の心臓は、握りつぶされそうな痛みを発した。
取り消そうと思って口を開いたが、夏侯惇は曹操に顔を見せぬよう振り向きざまに走り去っていってしまった。
「・・・わしが悪い・・・だろうな」
ハァ、と曹操はため息を吐くと、杯の酒を一気に飲み干した。
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