蹌踉 5



 








このところ、夏侯惇に元気がない。

ついでに、曹操は激しく機嫌が悪い。

夏侯淵は二人のことをとても心配していた。どちらかといえば夏侯惇を。


「なぁ曹丕、あの二人はどうしちまったんだろうなぁー」

「あの二人か・・・」

曹丕はニヤリと口元をゆがめた。

「お前がこれからもずっと夏侯惇の友であり続けたいならば、原因は知らぬ方がよいな」

「はぁ?何言ってんだよ・・・。惇兄が何かしたってぇのか?」

夏侯淵は信じられないとでもいうように、曹丕の袖をつかんで引っ張った。

「何かした・・・か。そうだな、何かしたな」

「・・・何だよ、俺には話さねぇつもりだな?」

「どうしても聞きたければ話すが、聞いた後で私は責任はとれん。
 それに、聞いたとして信じられる話でもない」

「勿体つけやがって!
 いいよ、俺が自分で探りに行って来てやらぁ」

「・・・まぁ、止めはしないが・・・
 やめておく方がよい、とだけは忠告しておこう」

一向に要領を得ない曹丕の返答にいらだって、夏侯淵は自分の足で答えを探しに行った。





夏侯惇は、普段通りに仕事を果たしていた。

調練もしっかりとこなすし、書類の整理も滞らせることは無い。

けれどもやはり、どことなく元気がないのだ。

何もないときにため息を吐いたりとか。
気を抜くと、目が細められていたりとか。
その目に光がなかったりとか。

付き合いの長い夏侯淵には、それがよくわかった。

「・・・大丈夫かなぁ・・・」




一方の曹操は、いつもに増して目付きが厳しくなっていた。

一日中ずっと苛々していて、あまり無駄な会話を好まず、人を寄せ付けない。

たまに、曹丕がちょっかいをかけるだけで、あとはほとんど事務的な会話のみだ。

「あのぉ・・・殿・・・、最近、何かあったんですか?」

恐る恐る問いただしてみると、曹操は苦しそうに顔をゆがめた。

「・・・妙才よ、それを尋ねるか。
 ・・・・・・一度聞いてしまえば、二度と戻ることは許されぬ。
 元譲のことをこれからも変わらずに慕っていたいのなら、悪いことは言わぬ、聞くのはやめておけ」

夏侯淵は、一体どんな大変なことが起きているのだろうと、背筋を寒くした。

「で、でも・・・それってつまり、惇兄になんかあったってことなんですよね・・・?」

「・・・そうだ。お前が気づかぬ間に、大変なことがあったのだ」

「・・・・・・」

夏侯淵は、曹操がこの前そうしたように、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「・・・俺、聞きますよ。だって惇兄が困っているんでしょう?
 惇兄、何かすごく元気なかったし・・・。
 俺がしてやれることがあるとしたら、力になりてぇし」

「・・・・・・そうか・・・」

夏侯淵の決意の言葉に、曹操は深いため息を吐いた。

それならば話してやらねばなるまい・・・と思って懸命に口を開くも、言葉が出てこない。

「・・・殿・・・?」

従兄を心配する夏侯淵の純粋な瞳に、曹操は思わず目を背けた。

「う・・・・・・
 とても、わしの口からは言えぬ・・・」

曹操は得体の知れぬ罪悪感から、どうしても信長の名を出すことができなかった。

もしもあんなに慕っている夏侯惇が、男と好きあって大人の関係になっていると知ったら・・・。

「・・・妙才よ・・・、今夜わしは元譲に会いに行く。
 そのとき、物陰からでも会話を聞いておくが良い。
 ・・・それで、全てがわかることであろう」

そんなにも深刻な事態なのかと、夏侯淵は更に覚悟を決めた。

「わかりました。今夜こっそりと聞いてますよ。惇兄にバレないように」

「うむ・・・」

曹操は悩み深い顔で頷いた。






夜。

「元譲・・・良いか」

夜遅くまで仕事を続けていた夏侯惇の居室の戸を、曹操がそっと押した。

「孟徳か。どうした?」

フゥ、と額を掌でぬぐって、夏侯惇が曹操を招き入れた。

「忙しかったか?」

「いや、今は平気だ」

微笑みまで浮かべて平静を装う夏侯惇。
覗き見をしている夏侯淵は、一言一句も聞き逃すまいと必死に耳をそばだてる。

「・・・元譲、この前はすまなかったな」

曹操が抑えた声で言うと、夏侯惇は黙って首を横に振った。

「いや・・・。お前は何も悪くない。俺が・・・」

「正直に話せ、元譲。
 ・・・そなた、信長に会いたいと、未だ心から思っているか?」

 −−−信長・・・?

夏侯淵はピクリと片眉を上げた。

「・・・・・・」

夏侯惇は困惑したように曹操を見つめる。
何と答えていいかわからないのだ。

「そなたの本心を言え。どうだ?」

強い口調で押すと、夏侯惇が視線を落として言った。
その頬は、やはり赤い。

「・・・思っている。
 俺自身でも信じられないことだが、二度と会わぬと決めてからは、毎日がとても寂しかった」

「・・・・・・そうか」

夏侯惇の正直な告白に、曹操は深く頷いた。

一方の夏侯淵は全く話が見えず、パチパチと瞬きを繰り返すばかりである。

「二度と会ってはならぬ、という話は無しだ。お主の自由にして構わぬ」

きっぱりと言い切った曹操に、夏侯惇は顔を上げた。

「・・・本当か?」

「本当だ。ただ、まだ信長にお前をやるわけにはいかぬがな・・・」

「ありがとう、孟徳」

にっこりと本物の笑みを浮かべた夏侯惇は、とても可愛らしかった。少なくとも曹操の目にはそう映った。

夏侯淵はというと、”信長に惇兄が引き抜かれそうになっていたのだな”、などという誤解をしていた。
後の台詞を聞くまでは。

「・・・やはり、そなたを信長の嫁にやるなど・・・」

勿体無い、と言おうとすると、夏侯惇が真っ赤な顔で叫んだ。

「ば、ばか、嫁などと・・・!
 俺はただ・・・時折でも信長の傍にいられたら・・・」



「えぇぇえええ??!惇兄、信長ンとこに嫁にいくのー?!」



突如乱入してきた夏侯淵に、曹操はため息を吐いた。

「・・・妙才、何をやっておるのだ・・・。隠れていろと言ったであろうが」

「あ、殿・・・すみません。だってそりゃ・・・仕方ないじゃねぇですか。
 惇兄がお嫁にいくってんですから・・・」

「え、淵・・・」

うろたえて冷や汗をかいている夏侯惇の、震えた声がした。

「お、おう」

「お前・・・今の聞いてたのか・・・?」

「あー・・・ゴメン。だって殿と曹丕が何で惇兄に元気がねぇのか教えてくんなくてよー」

「・・・・・・」

「妙才!行くぞ!」

顔から湯気が出そうになっている夏侯惇を哀れに思った曹操は、夏侯淵を無理やり引っ張って部屋を出た。

残された夏侯惇は、しばらくは身動きもできずに曹操らの去っていった戸を、ただ見つめていた。


















 




 覇王vs魔王、娘はやらんぞ編。
いつか、間男編も書きたいです。惇兄がかわいそうだけど。

そして私はどうしても淵たんを出したいんだろうか。

 


 戻る。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送