蹌踉 7



 










・・・してやられた・・・



曹操の足はしっかりと地面についていたが、その心は蹌踉としていた。

清盛との戦に苦戦を強いられていた夏侯惇のもとへと、信長は颯爽と現れた。

夏侯惇の苦戦は、敵勢を少数と見て侮っていた、曹操の落ち度である。

敵の妖術について情報を掴んでいれば、事前に対策を施して、押されることもなかったはずだ。


信長が来てくれなくては、危うい戦であった。

そして、彼に借りを作ってしまった責任は曹操にある。

だから曹操は、自分を責めるしかない。


信長がこの抜群の時機を見極めて参戦し、曹操に恩を売り、その上、
魏に身を置く大義名分をつくってしまったそのことにも、複雑な感情を抱かずにはいられない・・・が、

曹操の「してやられた」は、それだけではない。


これまでも、信長が只者ではないというのは感じていた。
けれど曹操は、それと夏侯惇に関する問題とは別のことであると、意地になっていた。

いくら戦上手だろうと賢かろうと名君だろうと、大事な夏侯惇を幸せにできるとは限らない。

それくらいだったら、身内や、魏将の誰かであるとか、目の届く範囲にやる方が、はるかにましだとさえ思っていた。

ところが、今回、信長の心がきちんと夏侯惇のことを思っているということが伝わったし、
一連の行動には、曹操の心にまで歩み寄ろうという心意気が表れていた。

全く他意のない様子のままに、さりげなく曹操の凝り固まった親心(もどき)を容易く動かした、
鮮やかとも言うべきその手腕にこそ・・・曹操は「してやられた」のであった。

しかし、ここですぐに素直になれるほど曹操は甘くもない。

この野郎・・・魏に来やがったって、そう簡単に元譲の傍にいさせると思うなよ・・・
・・・と、闘志すら湧いた。




「・・・やるではないか」

隣に立つ信長にだけ聞こえるように、曹操は言った。

たった今、杯を交わし、織田軍は正式に曹魏の同盟軍となった。

「覇王直々に褒美の言葉とは、恐縮千万」

信長は口端をゆるりと持ち上げた。


  ・・・相変わらず、読めない男だ。


この場にあってさえ、ひょうひょうとしている。

いや、しすぎている。

己の知らぬ人種である。

「・・・しかし、まだ許したわけではないぞ」

曹操の言葉は、ほとんど自分に対する言い訳のようだ。

それでも、信長は、当然という風情で頷いた。

「此度の救援は、あくまでも夏侯元譲の手助けをしたいが為のものにすぎぬ。
 それ以外に他意はない」

「・・・・・・・・」

建前である。

そんなことは、二人共わかっているのだ。

信長は、それが『建前である』ことを、承知していると確認することによって、
曹操と同じ次元に立って考えているのだと、曹操にわからせた。

悔しいことには、曹操は、そういった機微が嫌いではない。

「なるほどな・・・。
 ・・・信長よ、悪いが、この勢いのまま遠呂智との決戦に向かうぞ。
 貴様も来るな?」

「無論」

それまで整列する両軍の兵士に向けられていた視線が、ここでようやく合わさった。

未来を決する機は今であるという、確認だ。

信長の瞳は、想像した通りの色を曹操に見せた。

信長も恐らくは、同じ事を曹操の瞳から読み取っている。


・・・そう、機は今だ!

我らの決着はそこで着く!







遠呂智なんぞに負けるとは、万に一つも考えない信長と曹操だった。



























 




 覇王vs魔王、お父さんちょっとほだされちゃったよ編。
潼関はぶいちゃったけど、それはまた後で・・・。
いつものことですが、読みながら我に返っちゃダメですぞ・・・


2009年2月1日


 


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