蹌踉 8




 












覚醒した遠呂智との、官渡における最終決戦。

曹操は、かなり本気を出していた。







「遠呂智なくば、人の世の秩序は・・・」


「喧しいぃ!」


バシーーーン




「俺を超えられねえ程度なら・・・」


「鬱陶しいわぁぁ!!」


ドゴーーーーン





戦国の猛将をものともせず、すさまじい勢いで敵軍を追い詰めていく。

信長にだけは遅れを取りたくないという、夏侯惇の保護者としての意地だった。






「伝令!孫堅軍と劉備軍が援軍として到着!」

「よし!わかった!!」


何もかも想定通り・・・いや、それ以上にうまくいっている。

遠呂智を除けば、残るは司馬懿と卑弥呼だが、この二人は問題になるまい。

恩知らずで裏切り者の司馬懿など、この手で簡単に捻りつぶしてやれる自信があるし、
卑弥呼とやらは、年端もゆかぬ娘だというではないか。




曹操は馬首を翻して、背後の信長軍で足を止めた。


大将である憎き信長が、悠然と隊を指揮している。


背筋をすっと伸ばした信長の馬上の影。

凛と存在感を放つそれは、曹操の目にも栄えて映る。

悔しすぎるが、信長は、何をしても決まるのだ。


「信長よ!貴様は、このまま進軍を続けよ。
 わしは一度、孫堅と劉備に声をかけてくる!!」

血刀を引っさげたまま信長を睨みつけ、大きな声で曹操が命令する。

「覇王か・・・。
 ククッ、承知した」

信長は曹操の姿を見るなり、その笑みを深くした。

「鬼神の如き働きの覇王が不在の間に、この信長も、せめて一つは戦功を立てておこう・・・」

激し続けていた曹操は、信長の皮肉のような言葉で、ようやく我に帰った。

「・・・・・・」

信長は、戦が始まってからずっと、曹操よりも先行することなく、その後始末をするような形で追随し、
あくまでも冷静に戦場に身をおいていた。

元来は、疾走するような素早い戦を得意とする信長であるが、曹操が一人で背後を顧みずに
どこまでもどんどん切り込んでいくので、そうせざるを得なかったわけだ。



    ・・・しまった・・・
    興奮するあまり我を忘れて、全くもって曹孟徳らしさの欠片もない戦をしてしまった・・・。



一人で大軍に突っ込むなど、完全に猪武者だ。

兵法も何も、あったものではない。

「・・・頼んだぞ・・・」

自己嫌悪に陥った曹操は、そうとだけ言い捨て、少々これまでより元気のない足取りで、孫堅軍に向かった。











「孫堅、よくぞ我が激にこたえてくれた」


孫堅の姿を認め、馬を寄せながら曹操が叫んだ。


「曹操・・・!
 ・・・それは、いいのだがな・・・」


なにやら、歯切れの悪い応答だ。


孫堅とは、かつて敵同士であったが、個人的には、因縁も恨みもないはずだ。


「孫堅・・・?
 ・・・どうかしたか?」


接近して馬を向かい合わせ、曹操が尋ねる。


「・・・いや。何でもない・・・」


孫堅は、曹操を一瞥してすぐさま視線を外し、遠くを見つめた。

 
「そうか。まぁよい。
 ・・・その鋭き虎の爪、大いに頼りにしておるぞ」


曹操が労う言葉をかければ、


「フン。おだてなくとも、存分に見せ付けてやる」


いつもの孫堅らしい、強気な言葉が返ってきた。


「どうやら劉備も来ているようだ。
 あやつは、あまり戦が上手いとは言えぬからな・・・

 早く指示を出してきてやった方が良いのではないか」


早く行け、というように、劉備のいる方角を指差す。


「そうかもな・・・。
 では、行かせてもらうか。ここは任せたぞ」


その様子を、やっぱりおかしいとは思いながらも、曹操は素直に、孫堅の忠告に従うことにした。







「おお、曹操殿!」
 

急いで劉備軍に辿り着いてみれば、実際の指揮は副官として同行したらしい趙雲が行い、
劉備はというと、隊の後方にいた。

まぁ、考えてみればあの蜀軍が、劉備をたった一人で寄越すはずはなく、当然といえば当然かもしれない。

孫堅の懸念は、杞憂であったようだ。



趙雲という男のすごさは、長坂その他で、イヤと言うほど知り抜いている。

具体的な指示は出さずとも、このまま放っておいて、何の問題もないだろう。


「劉備、此度の援軍感謝する」


「いや、遠呂智を敵としているのは、我らも同じこと」


劉備は相変わらずの人の良さで曹操を迎えた。

軽く会釈をし、穏やかに微笑む。


「我らはこれより遠呂智本隊との戦闘に入る。

 自由に進軍してくれて構わぬが、できるだけ敵の目を引き付けていてもらいたい」


「承知した。

 我らに任せてくれ」


「頼んだぞ、劉備」



劉備の態度には、孫堅のように不自然なところは見当たらない。

曹操は、そのことに安堵を覚えつつ、再び本隊に戻ろうと馬を駆った。











   
   ―――劉備や孫堅と共に戦うなど、虎牢関以来だな・・・。



途中、曹操の胸に在りし日の思い出が去来した。



   ―――懐かしい・・・。

      あのころはよかった・・・。
      
            
      何がよかったって、元譲が完全に自分のものだった。

      変なヤツがいなかったから、ほとんど妙な心配もせずにいられたし・・・。

      もし誰かが言い寄って来たとしても、部外者の手に落ちるなんてことは有り得なかったはずだ。


      あのままだったら多分・・・
      元譲はずーっと、我が手元にあったのだろうなぁ・・・。

      当たり前のように・・・。


      
      



そこまで考えて、曹操はハッと息を呑んだ。


自分たちの世界と信長の世界を融合させたのが遠呂智であったことを、思い出したのだ。




   ―――そうだ・・・!!
     
      元はと言えば遠呂智が!あの気味の悪い蛇男が!!

      あいつが!!あんなことさえ!しなければぁ!!!      

      

曹操は、今まで心底どうでもいいと思っていた遠呂智に対して、
突如、自分でも制御しきれぬほどの怒りが噴きあがってくるのを感じた。

これまで信長に向けられていた、恨み辛み憤りのその全てが、一挙に遠呂智に転嫁される。



   ―――許すまじ、遠呂智。



久々に、曹操の特大の癇癪玉に火がついた。







「ふははははははははは!!
 
 まさか一人でのこのこと現れるとは!
 
 戦の勘が鈍りましたかな?!」


と、そこへ運悪く、これは因縁の相手である、司馬懿が立ちはだかった。


司馬懿は上機嫌に笑い声を上げている。

今の曹操の状態を知らない彼は、この一大好機に胸を躍らせた。



血相を変えて後退するかと思いきや、曹操は、司馬懿の待ち伏せに気付いても、騎馬のまま突進してくる。


何かがおかしい・・・

司馬懿がそう気付いたときには、曹操はもう目前に迫っていた。


「貴様ごときに・・・この曹孟徳が、遅れを取ることがあると思うてか!!」

 
いつもなら美しく舞う倚天の奸剣が、司馬懿めがけて我武者羅に振り落とされた。 

 
不意を衝かれた司馬懿の羽扇に重い一撃が入り、その衝撃に思わず横転した。


倒れたままの司馬懿の脇を、曹操は突っ込んできたそのままの速さで走り抜けていく。


「相手をするのも馬鹿馬鹿しいわー!!」
 

曹操を乗せた馬は、飛ぶように駆けて、視界の果てに消えていった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

司馬懿は曹操の去っていた軌跡を見つめたまま、起き上がることができないでいる。



      ・・・この司馬仲達が・・・

      ・・・素通りされた・・・。



自尊心をズタズタにされ、頭が真っ白だ。


「ば・・・馬鹿めが・・・」


ほとんど泣きそうな声でつぶやくのが、精一杯。


司馬懿は、背後から劉備軍と孫堅軍という脅威が近づいているのにも気がつかず、暫くそこに呆然としていた。







「おい、曹操!
 
 もう敵将はおらぬぞ。
 
 我が軍が殲滅してやったからな!」

今度は、袁紹に出くわした。

どうやら卑弥呼を討ち取ったらしく、得意げにふんぞり返っている。




    ああもう、面倒なヤツだ・・・!

    こっちは一刻も早く遠呂智をぶちのめしたくて、うずうずしているというのに!

    こんなヤツの相手なんか、やってられるか!!




「わしは今から遠呂智と直接対決だ。

 袁紹、貴様も来るか?」


凄みながら誘いかければ、袁紹は急にあわてだす。


「そ、そうか!
 
 いやー、その、なんだ、本当は私も参加したいところなのだが・・・

 大将が本陣を空けるわけにもいくまいてな!

 うむ!」
 

いつからここが本陣で、貴様が大将になったのだ・・・という突っ込みは飲みこんで、
曹操はただ冷笑を浮かべた。


「わ、私はここからそなたの働きを見ておくことにしよう!

 期待しておるぞ!」


曹操が無言で走り去ると、袁紹は愛想笑いをして手を振った。











遠呂智が陣を構える砦の前に到着すると、すでに信長が曹操を待ち受けていた。


「・・・戻ったか、覇王」


「フン・・・用意がいいな、信長よ」


「此度は、覇王の目の前で満足な戦を、して見せねばならぬ故」


「・・・ほう。

 その心意気は、褒めてやろう。

 だがな!」


曹操は刃先を信長に向けて、声高に叫ぶ。


「わしは貴様に、遠呂智の首を譲るつもりはないぞ!」


それに対して信長は、いささかも怯むことなく、微笑んだ。


「それは困った。
 元譲への手土産は、遠呂智の首と決めておるのでな」


「わしの元譲を字で呼ぶな!!なれなれしいぞ貴様ー!!」


曹操が激昂する。

信長は軽く無視して、突きつけられたままの曹操の刃先を弾いた。


「信長も手柄を譲るつもりはない。
 
 さて、予は先に行くぞ、覇王よ」


そのまま信長は馬腹を強く蹴り、遠呂智軍へと突入していった。

曹操も、慌てて後を追う。


「何!?
 
 卑怯だぞ、信長ー!!」


「兵は拙速を尊ぶ、であろう?」


遠呂智の砦には、信長の哄笑が響き、曹操の怒号が轟いた。












「遠呂智!!!残るは貴様ただ一人よ!」


曹操と信長、二人はついに遠呂智と対峙した。


『奸雄と信長か・・・我が前に立つに値する』


遠呂智の全身は、以前よりも確実に強化されていることを、見る者に知らしめるように、閃光を放っている。


しかし、正しく乱世最強であるその武を前に、覇王曹操は、何の恐れも抱いてはいなかった。


「貴様は我が手で八つ裂きにしてくれる!覚悟せい!!」


怒りのままに、遠呂智に向かって倚天を振り回す。

小さいはずの背が、纏った憤激のせいで倍も大きく見えた。


「貴様のお陰で、我が覇道は歩みを止めた!!

 再びの死を以ってしても、その罪、到底償いきれぬわっ!!!」


「覇道が、か?」


その真横から加わって、信長も刀を操った。


「我が覇道は、元譲なくして成り立たぬ!物理的な意味ではなく、な!

 元譲あっての我が覇道なのだ!


 ・・・それなのに!遠呂智!貴様が!」


なにやら曹操の怒りの矛先が、自分から遠呂智へと移りかけていることに、信長は気が付いた。


「なるほど・・・

 遠呂智がおらねば、信長もおらぬ、か」


「その通りだ!」


火花を散らす、得物と得物。

曹操は刃が遠呂智に防がれ、そのまま身体ごと弾かれた。


『・・・戦いに集中せよ。

 我に斬られるが、望みではあるまい・・・』


どうやら遠呂智は怒っているようだ。

ようやく念願の戦いだと思ってみれば、戦いの途中にも関わらず、
何やらわけのわからない言いがかりをつけてこられて、面白いわけがない。


「黙れ!!

 貴様こそ我が言を聞かぬか!!」


『人の話に興味はない』


「な、何をー!!」



「と、殿ぉー!!!」


曹操が再び躍りかかろうとしたそのとき、どすどすと、重い足音が響いた。


「殿・・!!

 お一人でこんなところまで来るなんて・・!

 探したんですぜ!?」


典韋だった。

曹操の護衛であるはずの彼は、戦が始まってすぐ飛び出していってしまった曹操を見失い、

今の今まで戦場に主の姿を求めていたのだった。


「って、えええええええ??!!!
 遠呂智じゃねーですかい!?」


目の前に巨大な白い影が立ちはだかっているのを認めて、典韋は慌てた。


「悪来よ!

 わしと信長の大勝負の最中だ!

 邪魔をするでないわ!」


曹操は振り返りもせず、そのまま遠呂智へと斬り込んだ。


「ええ?!

 ちょ、危ないですって!!」


曹操を守ろうと一歩を踏み出すが、突然、背後から伸びてきた手に止められた。

見れば、腕は夏侯淵のものだった。

苦笑を浮かべて、三人の乱戦を見守っている。


「まぁまぁ、やめとけって。

 今あん中に入ってったら、キれた殿にやられちまうぞ」


「そんなこと言ってる場合じゃねーでしょう!

 相手はあの遠呂智ですぜ?!」


「いやぁ、そりゃあそうなんだけどよー・・・。

 あの二人にゃ、ちょっと事情があってな。
 
 これはお互いに、絶対譲れない勝負ってわけなんだよ」


「二人で遠呂智と戦わなきゃなんねぇ事情?そりゃ一体なんです??」


「い、いや、それは、口が裂けても言えねーんだけどさ!」


夏侯淵は誤魔化すように白々しく笑った。


「とりあえずさ、見てろって!

 ほら、殿は負けそうもねぇだろ?」


視線を前方に戻せば、強大な軍を率いる大将二人が、部下を背後に死闘を繰り広げているという、おかしな光景。


しかし確かに、曹操と信長は、確実に遠呂智を押し始めていた。


曹操の、怒りに任せた無茶苦茶な剣捌きと、信長の冷静な太刀筋が、うまくかみ合っているのだ。

少しの隙も与えず、退路を奪い、追い詰める。


「・・・確かに」


「な!

 殿は大丈夫だ。

 この夏侯淵様が保証すっからよ!」







典韋と夏侯淵の、さらに背後から決闘の場に足を踏み入れた女カは、
なにやら複雑な修羅場に出くわして、思わず自慢のポーカーフェイスを崩した。





























 




 覇王vs魔王、お父さん暴走してるよ編。

もう去年の今頃にはできてたのに、気に入らなくてお蔵入り→今日久しぶりに開いたらもうこれでいいや→UPしちゃった!
・・・という代物・・・最悪だー!

やっと終りが見えてきた気が・・・


2010年7月17日


 


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